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  • 【連載物語】不思議堂 黒い猫【阿吽】~ふたりの陰陽師編~ /第四話【式神】

    2025-04-10 19:00
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    season2~ふたりの陰陽師編~
    第四話『式神』

    著:古樹佳夜
    絵:花篠

    (第三話はこちら)

    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
    十歳を越す頃には、死への恐怖を手放した。
    誰しもいつか死ぬ日が来る。
    陰陽師であれば、数多の神でさえ、死から逃れえぬ存在だとわかる。
    肉体が燃え尽きるとき、最期の熱を発する。
    争おうとも無意味だ。
    この呪いがあるかぎり肉が爛れ、崩れ落ちるのを止められはしない。
    死は怖くない。
    けれど、波のように押し寄せる孤独を、拭い去るのは困難だった。
    同じ境遇の満月なら、この気持ちをわかってくれるのかな。

    ――ねえ、満月。僕が先に死んじゃっても、満月は僕のことを覚えていてくれる?

    弱気なことを言って、試すつもりはなかった。
    本当に、僕はもうすぐ死ぬのだ。

    ――お前は死なないよ。俺たちで呪いをなくすんだろ。

    満月に背をさすられた時、その願いを真実に変えられる気がした。
    約束だ。厭魅丸を一緒に倒そう――

     
     吽野が意識を取り戻すと、そこは板の間だった。
    体が重い。後ろ手に縛られているのか、うまく起き上がれなかった。
    仰向けになったまま辺りを見回す。
    部屋は薄暗くてよく見えないが、床板は所々朽ちて沈み込んでいるし、
    部屋中にカビの匂いが立ち込めている。
    外は雨か。雨漏りをしている天井を見ながら、
    古い廃墟なのだろうかとぼんやり思った。
    気味の悪い場所だ。

    「大丈夫かい?」
    雪明が顔を覗き込んできた。吽野は嫌悪感から身をよじって顔を背けた。
    「うぅっ」
    思わず唸ったのは、腕から肩にかけての痛みのせいだった。
    「賀茂さんに手当をしてもらったのかな?」
    解けかけた包帯を雪明が乱暴に引き千切ると、ジクリと焼けるような痛みを感じた。
    「君のあざ、どんどんと広がっていくね」
    「お前のせいだろう」
    「そうだね。でも、君はもう僕の式神になるのだから。お揃いで嬉しいでしょう?」
    「俺を……?」
    冗談だろうと、吽野はゾッとした。
    「君は満月が使役している狛犬だよね?
    元々、名のある神の遣いなら式神としても立派に働いてくれそうだ」
    「何を馬鹿なこと言ってるんだ! 俺はお前の言うことなんてきかない。
    さっさと解放しろ!」
    吠える吽野の口を手で覆い、雪明は静かに「黙って」と命じた。
    途端に吽野の体は強張り、虫ピンで止められた羽虫のように
    指の先まで動かなくなってしまった。
    もはや視線すらも動かせない。
    「命令が聞けて、いい子だね」
    雪明は吽野の首に手を回し、爪を立てた。
    「それじゃあ、早速飼い犬には首輪をつけようか」
    おもむろに雪明が呪文を唱え始め、抑えた首を徐々に締め上げていく。
    抑えた指の下に鋭い痛みが走り、
    吽野の首を一周するように黒ずんだ紋様が浮き上がっていく。
    息苦しさと痛みでもがく吽野の姿を、雪明は楽しんでいるようだった。
    「躾は最初が肝心だ。さっき、僕に同じことをした罰だよ」
    次に、着物をくつろげ、腹の辺りに手をかざす。
    「さて、最後に、神の形代となる準備と行こうか」
    『神の形代……? なんだそれは。どういうことだ』
    頭に浮かぶ疑問も、声にはならなかった。そうしている間にも
    臍を中心に紋様が這っていく。
    焼印を押し付けられているような痛みと不快感で吽野の額に汗が滲む。
    その顔を覗き込んで、雪明は愉快そうにニヤニヤと笑みを浮かべた。
    わざと苦しめているのだろうか。
    「じゃあ、最後にコレを埋め込んであげる」
    (何を……?)
    嫌な予感がして、吽野は必死に雪明の方を見た。雪明の手には
    翡翠でできた石器が握られている。
    それは滑らかな曲線を描いた勾玉のように見えるのに、
    なぜか先が鋭く尖っていて、まるで刃物だった。
    その尖った先端を雪明は吽野の腹めがけて振り下ろした。
    獣のような悲鳴が吽野の喉から漏れる。
    肉を裂き、勾玉が体にめり込んでいった。ズブズブと体内に埋没していく。
    不思議なことに、それは完全に肌の中に埋まり切って、後には傷ひとつ残さなかった。
    「ほら、もう大丈夫だよ」

    雪明が語りかけても、反応はない。
    吽野の意識は痛みで焼き切れてしまっていた。


    阿文が目を覚ますと、満月が運転する車の助手席に座っていた。
    ぼんやりとする意識の中で、ようやく思い出せたのは、
    連れ去られた吽野のこと。阿文は思わず身を乗り出した。
    「満月さん、先生は」
    「後を追ったが、途中で気配が途絶えた。雪明が結界を張っているんだろう」
    満月の言葉に、阿文はガクリと肩を落とす。
    不安と悔しさが込み上げてくるが、どうすることもできず、ただ沈黙するしかなかった。
    「守ってやれずにすまない」
    「いえ、満月さんのせいじゃ……」
    阿文は気丈に振る舞って返事をしたが、それ以上は言葉を続けられなかった。
    「……大丈夫。殺す目的で連れ去ったわけじゃないだろう」
    「でも、先生はただでさえ呪いをもらっているんです。放っておいたら、存在がなくなってしまう」
    阿文は声を震わせる。
    吽野が消えてしまうかもしれない恐怖に押しつぶされそうだ。

    「俺がそうさせない。なんとかするから」
    満月は、うなだれる阿文の肩に手を置いた。
    「以前、僕が消失の危機にあった時、先生が守ってくれていたんです。なのに今、僕は何もできなくて……」
    「何もできなくないさ。今から蘆屋の本家に一緒に行こう」
    「本家? 何をしにですか」
    「厭魅丸を封じている祠がある。雪明が生き返ったからには、今回の事態にあの呪詛が絡んでいることは確実だろう。……安倍本家でも、何か異変があったはずだ。意図的に俺に隠していそうな気がするが」

    やれやれ、と満月は息を吐く。
    自身が当主であろうとも、安倍内部のことは秘密が多い。
    雪明を通じてしか知り得ないことも多かったと、満月は付け加えた。

    そうこうするうちに、車は首都高を通過し、目的地へ向けてスピードを上げていく。
    しばしの沈黙を破ったのは阿文だった。

    「祠について、聞いても良いですか」
    「もちろん」
    「厭魅丸は、強大な悪鬼だと、さっき仰ってましたが……」
    「正確には鬼じゃない。元は人間で、しかも陰陽師を生業にしていた男だ。『隠れ陰陽師』といって、時の政府から非公認の、単なる外道さ。数多の呪詛を取り込み悪鬼化したらしいと、俺たちは伝え聞いている」
    「……それがなぜ、今さら現れたのでしょうか?」
    平安の時代に端を発し、安倍、蘆屋両家によって封じられていた「鬼」。
    それが長い時を経て現代に蘇るなどにわかには考えられなかった。
    満月は不甲斐なさそうな、申し訳なさそうな表情で、その問いを受け止めた。
    「俺たち陰陽師一族は、代替わりしながら、封印を守ってきた。だが、近年――特に江戸初期あたりから、封印には綻びが生じていたようだ。術者の世代交代によって封印の強度が一定に保たれていなかった事が原因ではないかと言われている」
    「つまり、厭魅丸は江戸時代から復活の兆しがあったと……?」
    「実態を得るまでは至らなかった。代わりに、大量の怨念や悪鬼を都に呼び寄せ、それを己の中に取り込み続けた。自身が封印で動けない間は、手下の怪物を操って悪事を働いた。それを退治するのも、我々陰陽師の役目だったのさ」

    呼び寄せられた怪物の中には、その実態がなく、乗り移れる器を探し、
    『神』を乗っ取って、実体化したものがいるらしい。

    話を聞く中で、阿文にはひとつ心当たりがあった。満月がいうその怪物は、
    かつて主人の神社を襲いにきた、『件』そのもののように思えた。

    阿文は主人の収まった桐箱を懐から取り出し、小さな声で語りかける。
    (主人様……我々が不甲斐ないばかりに、申し訳ございません。
    必ず吽行を取り戻し、主人様が元の姿を取り戻せるよう、尽力いたします)

    その時だった。
    阿文の携帯電話が、甲高い着信音を発する。
    「誰からだ?」
    「非通知みたいです」
    もしや吽野なのではないかと期待したが、非通知である理由がよくわからなかった。
    「……ちょっと出てみろ」
    満月に促され、阿文は意を決する。
    「もしもし?」
    『おお、阿文か? ワシじゃ、ワシ! ちょっと困ったことになっておる。助けてくれぬか』

    その電話は大江山の酒呑童子からのものだった。


    【第四話 了】
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  • 【3月13日(木)】令和7年3月記~怪談の不思議~【不思議堂 黒い猫】

    2025-03-12 18:30
    2025年3月13日(木)20時からついに最終回!
    不思議堂【黒い猫】~怪談の不思議~

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    世にあふれる「不思議な話」をあつめる店 それが不思議堂【黒い猫】
    怪談・都市伝説・占い…様々な「不思議」を携えて
    今宵も素敵なお客様が【黒い猫】を訪れます。

    今宵の不思議テーマは『怪談の不思議』
    専門家ゲストは 牛抱せん夏さん! 吉田悠軌さん!

    声優ゲストは 神尾普一郎さん!

    ついに最終回です、ぜひぜひお楽しみに!

    ■出演
    店主・・・浅沼晋太郎
    店員・・・土田玲央
    声優ゲスト・・・神尾晋一郎
    専門家ゲスト・・・牛抱せん夏、吉田悠軌

  • 【!配信決定!】2月16日(日)不思議堂【黒い猫】~浅草の宴~【イベント】

    2025-02-09 17:40
    不思議堂【黒い猫】イベント『浅草の宴』
    本イベントの両部配信チケットが販売中!

    素敵な和装に身を包んだ浅沼店主土田店員の2人を、皆さまどうぞお楽しみに!
    ゲストは両部に、孝英さん、夏目響平さん。
    第一部に、野津山幸弘さん。
    第二部に、木島隆一さん。

    ゲストも参加する連載物語「阿吽」の生朗読に加え、第一部は怪談家 ぁみさん『温怪談』、第二部は催眠術芸人 細野哲平さん『催眠術』の盛りだくさん企画でお届けします!

    ■イベントの詳細
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    ■配信ページ(ご購入も下記からできます)


    配信スケジュール/番組開場 12:45 開演 13:00 終演 14:30


    ●第二部
    配信スケジュール/番組開場 16:45 開演 17:00 終演 18:30

    ※配信スケジュールは予定です。予告なく変更になる場合がございます。
    ※イベントの演出やカメラワークなどにより、一部イベント会場とは映像が異なる場合がありますのでご了承ください。
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    ■タイムシフト期限
    2025年3月19日(水)23:59:59まで

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