
本質的に生きる方法:その36(2,038字)
ここ5年くらい強く実感するのは、ぼく自身が昔と比べるとかなり「生きやすくなった」ということだ。しかし世間では、逆に「生きづらくなった」という人が増えている。
先日、こういうことがあった。「引き取り訓練」で子供の通う小学校に行った。授業中に大規模災害が起こったという設定で、親が学校まで子供を迎えに行くのである。
ぼくの子供の通う小学校は校区が広いので、子供は基本徒歩で登校だが、遠くの子供は親が車で送迎することも許されている。そして引き取り訓練や授業参観などでは、親には車で学校に来ることが許されている。その際には校庭が駐車場として開放された。
そうしてぼくも、車で学校に行った。そして校庭に駐車する車の列に並んでいたとき、一つの考えさせられるできごとが起こった。
それは2台前のアルファードに乗っていた男性が、自然発生的にできた列に並ぶということが理解できなくて、列から外れて校庭を右往左往
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コメント
コメントを書く核心に迫って次回も楽しみなのですが
肝心の「生きづらい人たち」は、この記事にたどり着けないのではないかと不安になりますね。
>>1
ぼくの声はぼくの声を最も必要とする人には絶対に届かないというのは、ぼくが宿命的に抱えたジレンマです。